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キム・ジョンジンが明かすキム・ヒョンシク第3集の意外な展開、ポムヨルムガウルギョウル誕生秘話

歌手キム・ジョンジンが、キム・ヒョンシク第3集の制作過程を回想。ユ・ジェハの脱退とパク・ソンシクの加入、制作会社からの拒絶、ポムヨルムガウルギョウル誕生までの経緯を明かした。

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韓国ポピュラー音楽史の一ページを飾ったグループ、ポムヨルムガウルギョウル。その誕生の裏側には、当初の予想とは異なる音楽面での変動と、制作環境の急激な変化が重なっていた。メンバー構成からアルバムの発売形態に至るまで、制作は幾度もの転換を経ながら進められた。

キム・ジョンジン、ソン・スンファンの番組で語るキム・ヒョンシク3集とバンド「Bom Yeoreum Gaeul Gyeoul」結成の秘話

歌手キム・ジョンジンは、ユーチューブチャンネル「ソン・スンファンのワンダフル・ライフ」第5話に出演し、かつてキム・ヒョンシクとともに取り組んだアルバム制作を振り返った。ユ・ジェハがバンドに加わり、その後離れるまでの経緯をはじめ、当時の制作過程で実際に起きた出来事を具体的に語った。

キム・ジョンジンの回想からは、参加する音楽家が変わり、制作を支える環境も大きく揺れ動くなかで、音楽を完成へ導こうとした歩みが浮かび上がる。それは、一枚のアルバムと一つのグループが形になるまでの、切迫した音楽的な道のりでもあった。

ユ・ジェハの脱退とパク・ソンシクの加入、「雨のように、音楽のように」の誕生

アルバム制作の初期段階では、ユ・ジェハがバンドに加入していた。ユ・ジェハはほかのメンバーと呼吸を合わせながら、制作の基盤となる音楽をともに築いていった。この時点では、彼も制作を進めるチームの一員として活動していた。

しかし、ユ・ジェハがバンドを離れることになり、チームの構成は大きく変化した。制作の途中で生じた脱退は単なる人員の入れ替わりにとどまらず、残されたメンバーが新たな構成で音楽を作り続ける転機となった。

ユ・ジェハの抜けたポジションを補う形で、新たにパク・ソンシクが加入した。この交代を経るなかで、チームが目指す音楽の色合いは、以前よりも具体的な輪郭を持つようになった。

とりわけパク・ソンシクの参加は、制作中の音楽の完成度を高める契機となった。メンバー構成が揺れ動いたこの時期の流れのなかで、キム・ヒョンシクの代表曲の一つである「雨のように、音楽のように」が誕生するという劇的な瞬間を迎えた。

参加者が変わる激動の状況にあっても、楽曲をより完成されたものにしようとする音楽面での取り組みが止まることはなかった。構成の変化を受け止めながら制作を継続したことが、楽曲の誕生と完成につながった。

レコード制作会社の冷遇と、トンア企画のキム・ヨン社長による全面的な支援

チームには音楽的な力量があったものの、当時のレコード制作会社からは受け入れてもらえず、制作は大きな難航を強いられた。音楽を準備するだけでは発売に結び付かず、作品を世に出すための環境を確保すること自体が大きな課題になっていた。

メンバーたちは複数の制作会社に働きかけたが、それでもアルバム発売には至らなかった。制作した音楽がありながら、それを正式な作品として届ける道が開けない状況が続いたのである。

そうしたなか、トンア企画のキム・ヨン社長が全面的な支援を決めたことは、チームにとって決定的な転換点となった。その決断によって、メンバーは音楽活動を継続するための足場を得ることができた。

キム・ヨン社長の支援は、その場の制作を助けるだけではなく、結果としてポムヨルムガウルギョウルのファーストアルバムが発売される道を開くことにもつながった。制作会社の冷遇によって閉ざされていた発売への道筋が、この支援を契機に具体化していった。

一方、制作の途中では、キム・ジョンジンがチョン・テグァンとともに独立した形でアルバムを作ることについて話し合っていた。外部の制作環境に左右される状況のなかで、自分たちの力で音楽を形にするための模索も深く続けられていた。

キム・ヒョンシク第3集として発売された経緯と、グループ名の由来

このアルバムの制作過程には、発売形態をめぐる興味深い舞台裏もある。収録される音楽は、キム・ヒョンシクとポムヨルムガウルギョウルの協業を土台として準備されたものだった。

しかし、実際に作品が世に出た際の形は、ポムヨルムガウルギョウル名義のアルバムではなく、キム・ヒョンシクの第3集だった。準備段階での協業と最終的な発売形態の間に生じたこの意外な展開は、当時の制作環境と、その過程で下された複数の決定が重なった結果だった。

キム・ジョンジンはさらに、「ポムヨルムガウルギョウル」というグループ名がどのように生まれたのか、その背景にも言及した。キム・ヒョンシクのアルバム制作にまつわる細かな経緯とあわせ、グループ名の誕生に関する話も、当時の制作現場が置かれていた環境をそのまま映し出している。

今回語られた記録は、キム・ジョンジン個人の思い出だけにとどまらない。複数のアーティストによる協業が、構成の変化や発売をめぐる困難を経ながら、一枚の評価されるアルバムへと結実していった過程を示す貴重な資料となっている。

By NBNTV Editorial Team · By キム・ミンホ · By 김민호
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