「君がどんな姿でも」ゾンビ化した恋人に愛を誓う男の末路とは?「ギャグコンサート」で爆笑を誘う
「ギャグコンサート」で放送された、ゾンビ化する恋人コ・ウンビへの盲目的な愛が、あまりに現実的な問題によって崩れ去る爆笑のコメディ。
愛する恋人がゾンビへと変貌していく極限状態においても、傍に居続けると誓う献身的な愛は、時に予想外の笑いを誘う。最近公開された「ギャグコンサート」のあるコーナーでは、ゾンビになりつつある恋人への男の盲目的な愛と、その愛が惨めに崩れ去る過程が、愉快なドタバタ劇として描かれた。

「ゾンビになっても構わない」盲目的な愛の悲劇的コメディ
劇中の男は、ゾンビへと変貌していく恋人のコ・ウンビに対し、変わらぬ愛情を露わにする。コ・ウンビがゾンビになってしまうかもしれないという恐ろしい告白をすると、男はいっそ自分もゾンビになると言って立ち向かう。「君がどんな姿でも、僕は何も構わない」と、恋人の外見の変化を否定し、心(気持ち)を愛していると強調する姿は、献身的な恋人の典型を見せているかのようだ。
しかし、その献身はすぐに現実的な問題と衝突し、コミカルに変質していく。ゾンビになった恋人を落ち着かせるために体を縛ろうと奮闘していた男は、恋人の増えた体重や、手入れされていない髭、整えられていない爪など、極めて現実的な要素に直面し、当惑を隠せない。愛を守ろうとする決然とした意志は、瞬く間に生活密着型のハプニングへと繋がっていく。
突然の登場とすれ違う関係が作る反転の面白さ
劇の緊張感は、予想外の人物の登場によって一層高まる。過去に縁があったヒョンヨンが突然現れることで、状況は妙な方向へと流れていく。ゾンビ事態によって過去の関係を忘れたかのような男の態度と、それに対して寂しさを訴えるヒョンヨンの対立は、それまでのロマンチックな雰囲気を一瞬で打ち砕き、劇的な面白さを加える。
特に、治療薬を開発したという父親の登場とともに、劇はクライマックスに達する。コ・ウンビが再び人間に戻ったという希望混じりの期待感は束の間、再びゾンビの本能が目覚めたコ・ウンビが「死にたいです」と叫びながら豹変する姿は、虚しいながらも強烈な笑いを残す。愛を守ろうとした男の努力が、結局は悲劇的な結末へと突き進む過程は、このコーナーが持つ「B級感性」の真髄を見せている。